COLD SWEAT !

「わしは、今日、名古屋刑務所を出てきたとこなんや・・・」

そのおっちゃんは、カウンターの椅子に座ったとたんにしゃべりだした。

「ああああっ、そうなんですか? (冷汗・・・)」

ガタイのいい体つきと鋭い目つきに堅気の人にはない特別なオーラがにじみ出ていた。

「う、うちの店をどこで・・・?」

おっちゃんは、菅原文太ばりのドスのきいた声で答えた。

「ムショに置いてあった "るるぶ神戸" ちゅう本に、ジェイムス・ブラウンが聴ける店やゆうてここが紹介されとったんじゃ・・・」

「出所したら一番に、ここに行こうと決めとったんや」

と、おっちゃんは笑顔を見せた。

「あ、ありがとうございます・・・」

見かけによらず、ええ人やんか・・・今度"るるぶ"の取材の人に教えたろと思った。

 

「マスター、ジェイムス・ブラウンのカッコええ曲たのむわ・・・」

「ブラウン」の「ラ」が巻き舌だ。

カタカナでは表現しにくいが、英語表記だと「JAMES BRRRROWN」という感じ。

だいたい年配で"JB"好きの方に共通するのは巻き舌の「ラ」を使うことだ。

青春時代に不良と呼ばれていた方は必ずといっていいほど、その「ラ」を使う。

 

とりあえず"I Feel Good"〜"パパのニューバッグ"〜"Cold Sweat"と

ノリのいいのをたて続けにかけておっちゃんを盛り上げた。

ご機嫌になったおっちゃんを見てると、何かいい事をしているような気にもなってきた。

どなた様にも楽しいお酒を飲んでもらうのが「バー・ムーンライト」の信条だ。

 

そしておっちゃんは、この神戸のバーで"JB"とシャバの空気を満喫するはずだったのだが・・・

 

店内は徐々にお客さんが増え始め、いつかしら満席になった。

人の声がかなりの騒音になるということは分かっていたが、

その日は4,5人のグループの話す声が特に目立って騒々しくなっていた。

おっちゃんのリクエストする"JB"が、混み合う店内の話し声や笑い声で聞こえにくくなってきたのだった。

 

突然、おとなしく飲んでいたおっちゃんの目が一瞬光った。

騒音の方へ一瞥をくれる。

僕は少し恐怖をおぼえた。

おっちゃんはすでに5杯飲んでいる。

こちらに顔を向けた目もすわっていた。

「マスター、もうちょっと音上げてくれへんか」

ボリュームを上げてみたら話し声も大きくなった。

こらやばいぞ・・・おっちゃんの顔は怖い。

「マスター、もっと音上げてくれ」言葉が荒くなっていく。

で、またボリュームを上げるが、話し声も負けてはいなかった。

大音量の"JB"と喧噪とが絡み合い、店はディスコ状態になった。

 

「おうりゃぁぁぁぁぁぁぁ!じゃかましいんじゃぁぁぁぁぁぁ!」

 

突然席を立ち、おっちゃんは叫んだ。

しかしその声は届かなかった。

静かになったのは、隣の若いカップルだけだった。

会話のなくなったカップルはすぐに店を出た。

おっちゃんの不機嫌な気持ちもわかるが、こっちも商売だ。

大声を出されては困る。

さりげなく注意をしてみたが、まったく聞いていない。

話す言葉も支離滅裂になってきた。

また立ち上がり意味不明な大声を出し始めた。

これは、ほんまにやばいぞ・・・。

すると突然、おっちゃんが椅子から落ちた。

倒れたおっちゃんはうなっている。

「大丈夫ですか?」

起こそうと思い手を貸そうとしたら蹴られそうになった。

ケガはしていないが、転がったままでまったく起きる気配がない。

何度か起こそうと試みたがその度に暴れだす。

こらあかん。誰にも手のつけられない状態だった。

結局、110番することにした。

10分後、おっちゃんの天敵である2人の警官が現れるとまた寝転がったまま暴れ出した。

大きなガタイと激しい抵抗とおまけに力が強い。

警官2人ではとても歯が立たない。

警官の一人が応援の連絡を入れた。

数分後にあと2人が到着。

4人がかりで両手、両足をつかみ、暴れるおっちゃんをなんとか店外に引きずり出した。

そのまま無理矢理起こされたおっちゃんは、やっと観念したのか急にうなだれた。

警官4人に囲まれ、革ジャンを肩から掛けられ、叫んでいるおっちゃんはまるで"JB"のようだった。

店の中からは"Please,Please,Please"が流れていた。

 

その夜、掴まれた腕をふりほどいて店に戻ってくるおっちゃんの夢を見た。

目が覚めると寝汗をかいていた。